うさぎとピクニック

うさぎと、おもに自分の日々

勝手なつぶやき

わかったこと

羅列。

感覚を広げ、高めることで
落ち込みから、救いあげてくれた
なまけ者のさとり方」という
大事な本に出会ったのは25歳のとき。

それから、その本のことは
いつも心にしまって。

ぼくはいつも
周りの価値観とはなにか、あわなかった。

こないだは違った。

近いバイブレーションの人たちだと思った。

はじめて会うひとが多いのに、
空間をシェアすることが苦痛でない
そんなかんじ。

いやそれよりも瞑想中、いっしょに
高みに連れて行って
もらったようなそんな感じ。
ひとりではいけない、高みに。
波動に引っ張られ
ひとりでは見えない世界に
強いそのひとの波動が自分をはなれ
みなを包むから。
それは、ぼくの波動と重なり、
ぼくの波動はさらに別の人と重なる。

感覚を広げる。
それはつまりいままでもしていたこと。
自然と。

第六感以前に、
想像力という意識を「自分」から外に広げる。
たとえば、食べ物の来た先、
作った人、野菜の思い。
それを感じる心。

けれど、感じない、悲しいものが多かったので
作っている人たちにあうのがうれしかった。
それで今の仕事を始めた。、

つながりを作る仕事。

自分の周りを大事な思いでかためて満たされる仕事。

それをやっていくと自然と
似ている感覚の人たちとであった。

そのひとたちは、ぼくとは逆に
意識を広げるトレーニングをしている人たちだった。

いままでの苦しみと悟りに近いものが
つながった感覚がそこにあった。

身の回りを好きなもので固める感覚は、
穏やかな満たされ感がある。

そんな心の中では敵対しない、ただ
包まれる感覚がある。

それは雑貨でも、宝石でも
音楽でも、同じようなこと。

だからいろんな業種のなかに同じ感覚をもったひとたちがいる。

ただ、気づいたこと

意識を広げるという
言葉は、自分の手足や時間を延長して
感じる、自分の意識を広げること。

つたわるひとには伝わるかもしれないけれど
一般的に意識を広げるではわからないかも

戦わない、流れを感じ肯定して
それにふさわしいものを口にすること。

無農薬野菜をたべるということは
生きている感覚を自分の中に取り入れること。
そして生きている感覚を
そとに広げ、時間や、空間の感覚を
超越すること。

ぬるい温泉でこういう感じを味わいます
肌の周りがゆるくて溶ける感覚

動かないでいると、自分の皮膚の周りの
お湯が肌と同化。

エンジェルというのは、
身の回りに、じぶんと同化して
隠れているもの。

それを見つけられる感性というのは
とても傷つきやすい、むきだしの
柔らかなこころのようなもので
ぼくは、日常の中、恐ろしくて
閉じて隠しているその部分を
少し開けるスペースが欲しいと思いはじめています。