田舎では、草刈がコミュニケーションの手段。
草刈している時間ということではなくて、
草刈の行為それ自体が、だれかとの会話。
まず草刈り機を使いこなしていないと話にならないのはもちろんで、
ぼくは、引っ越していちばん最初のころに買って
たいぶ、うまくはなったけれど、まだまだ。
なにより安物なので、思いのほか使い勝手が
悪く、歯も重いので疲れる。
みんなのはなんだか、軽そうで歯も肉抜き仕様。
なんかうらやましいなと思う。
そんな機械の話は草刈り終わった時など誰かと
するし、どこの歯がいいとかよくないとか
そんな話も、重要な会話のコンテンツだけど
たとえば、自分の周りをやったら
隣の家の敷地もすこしやってあげるとか、
草刈の時間をいつも同じ時間にやるとか、
周りが伸びたなと思わないうちにこまめにすることで
ほかのこともきちんとやっているというアピールをしたり
逆にやりすぎないことでまわりにプレッシャーをかけないようにしたり
きれいだなと感じた、花がさいていたら、そこだけ残したり
もちろんその花が、タネでどんどん増えてしまうようなものだといけないので
聞いたり。調べたりする必要もあったり
なかなか奥が深いのが、草刈。
他の人なども草刈のあとをみて、刈った人の
性格がわかったりもすると思う。
草刈といえど、
端の佇まいを大事にしなくてはと思うのでした。
みんなで集まってやるとき、自分の家の前を
やらず、ほかのだれもやらないとこを
やるような心使いも、年寄ばっかりのなかでは
大事なこと。