うさぎとピクニック

うさぎと暮らす、おもに自分の日々

勝手なつぶやき

自転車新年会

 忘れないうちに、メモ


いつの間にか 巻き込まれていた
自転車クラブ、新年会。

これが楽しかった、ことのほかね。
いままでかつてないほど
あっ
という間に五時間が過ぎて深夜に。

 

それぞれが語りつくせぬ。けれど
語らぬともわかってる、その同じ世界の共有は
山以来のもの。
そして山と違うのは、日常の中に
自分の延長線上に自転車があるということ。

たかが自転車。
けれど歩行の延長線上のママチャリとは違う
自己の可能性の追及アイテムとしての自転車は
まるで別次元、
それはやったものとやってないものとの違いに等しい。


とある世界に足をつっこんだもの同士わかり合う。
目的はそれぞれ違う、スピードをだして一等賞という称号を受けたい者、
集団の中の真空状態の中で、風の抵抗をうけず
ただ天国を味わいたい者、
だれかと競い合うのではなく峠という目標に向かって
ただ、自己と向かい合う者
自己の能力をこえるモビルスーツガンダム的アイテムを求める者。

その集まりの中で、ときに涙、
ときに笑

旦那さんが始めた自転車、ついていきたくて
いっしょに始めた女性。
最初の登ったヒルクライム
峠は蔵王
ほどなくして、
旦那さんが事故で亡くなった、自転車をしていなければ
起こらなかった事故。

そして彼女は、旦那さんと登った峠を一年に一度登る、
ただそれだけが目標で一年間、頑張る。

日本を代表するフレームビルダー
ケルビムの弟さんと、ケルビムを前にして
語る、自転車というのはそれぞれのパーツに顔がある
誇らしげにそれぞれが語りかけてくると

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そしてその間に彼らが無視しながらもテレビが流れる、
ロボット自立制御自転車とフレームビルダーとの対決
50メーターだったかな、
手放しで、低速でも漕がずにどのくらいまっすぐ走れるか、

そして酔っ払いたちが自分らの話に興じる中、

誰もみていないテレビの中でケルピムがロボットに圧勝勝利
さすがの世界的フレームのバランス。

展示の赤いケルビムは奥さんのだとか。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E9%87%8E%E6%A0%84


なんという場面を目の前に、酒をのんでいる自分、
気持ちよすぎる。

そして全日本代表自転車選手だった、今野さんの
言葉、なぜ自転車のに乗るのか
というこたえ、二年前にようやくわかったという
理由、道が好きなんだという、それはとてもよくわかる、

 

まるでアニメみたいな濃いキャラたちが
それぞれのコトバで決めていく、

サドルは無くていいけれど無くてはだめなんだ。
それは支柱みたいなもの。

ついていけるひとがいるのがうらやましい、わたしにはいない
目標とするひとがいない、だから、登るしかないの

春にシマノが14速を出す

自転車は風を友達にすることが大事
バイクは風になるのだけれど。

自転車のは世界記録というものがない、いつも状況が変わるから

風の抵抗がなければ、最高で113キロだしたことがある。

踏むんじゅない、回すんだ。

 


そして自分のひとりごと

ひとと競うのは、苦手で
そういう勝ち負けのあるスポーツとは
一線をひいていた。
自転車ただ走っているより思い切り走った方が楽しい。
そしてだれか協調して走ると弱い部分を補えあえるということ
それはほかのスポーツにはない、面白い部分。
競い合っている知らないひととも協調できる。
春の終わりから少しずつ、レースにでようと思う。
できることを精いっぱい、おのれとの競争。

けれどあいかわらず、ローラーにのれない。
なんでか
なんとなく、自転車って五感をとぎすまして乗るものなのに
その、感覚を奪われ゛たなかてただ回すのが窮屈で
少しの負荷すらが、苦しくてならないのです。
あきるというよりただ苦しい。


自分は多動性というものがあり
じっとしていられない
なにか思いつくともすぐに行動におこさないと気が済まない
そんな自分にものすごく寄り添ってくれるのが
つねにびくびくしている、うさぎと
いつだって、準備万端な自転車
そいつにまたがれば、常に限界の狭間で戦える。