うさぎとピクニック

うさぎと、自転車、田舎での日々

勝手なつぶやき

瞬間のそのなかのさらに一瞬の判断

 


https://www.google.co.jp/maps/@38.2976306,140.0111605,100m/data=!3m1!1e3!5m1!1e4

場所はひだりから 下ってきて、ここの右カーブ。

ストリートビューはないので航空写真。

ここを壁にまっすぐ突っ込みました。

 

こうなったことや、もしものことは誰にもわからない、本人にも。
いちおうつらつらかいてみます。
反省というわけではないけど。

リアルで会った人に自転車で転んだという説明すると、チャリでコケたという
ふうに返ってくるけど、イメージの違い?なんかちがう気がするし。
でも、スピード出し過ぎて曲がれなかったというのももっと違うので
説明に困る、説明する必要もないけれど。


ただ、あの一瞬の判断を迫られたあの瞬間のことをなんども思い出します。
もしも1メーター速く吹っ飛んでいたら側溝に突っ込んでコンクリートに頭をぶつけていたし結果として
まず死んでいたと思い背筋が冷たくなるし、あるいは1 メーター遅かったら壁の直角に近い斜度の部分に首を打ち付けて
頸椎捻挫だころではなかったと思うわけで。

そんなふうになんどもあの一瞬に立ち返ります。
ブヨの襲来から逃れてぼうっとまっすぐの坂を下りおりている間、風が心地よかった。
気が付けば目の前に今の速度では曲がれないと大きな右カーブがありました。
普通に曲がれる見通せるカーブなのに、ブレーキをかけたくらいでは曲がれる速度に落ちなかった。
70キロ近い速度がでていました。
パニックになっていなかったら、ここからいつものように後輪荷重にと体重移動して
後輪ロック気味にでも曲がれたかもしれないけど、それをするには遅く、
どうしても曲がれない、無理と思ったとき後残されたのは仮想センターライン側から見た残り少ない道幅と
目の前にコンクリート側溝、そして草の壁。
曲がることをあきらめたことが正しいかどうかわからないけど、この瞬間が最終分岐点でした。

フルブレーキしかない、けれど側溝だけは避けたい、その先の幅45センチを飛び越え着地できたらと
思ったことは確か。
曲がれるかもとも思ったけれど失敗した時のダメージ考えるとその結果こけて骨折や、側溝に突っ込んだほうがまずい。
壁に向けぶつかるしかない、そしていままでかけたことがないくらい、ブレーキ。
そしたら、急減速した、と思ったのは一瞬だけ、そのあと急にブレーキが緩んだ?と思ったらフロントタイヤロックして
時速50キロほどで空を飛んでいたわけで…、受け身の体勢や手を伸ばすとかいう動作をとる刹那すらなく
顔面ロケット弾着地をしていました。

けれど、いま思うと、うつ伏して側溝に足首だけ落としていただけで
アスファルトやコンクリートによるダメージはなかったし
草の擦り傷と打撲が顔と左肩にあるだけで あばらや鎖骨骨折などもない、
首の捻挫だけで済んでいるのは、ほんとうに奇跡的だったのではないかと。
側溝から草壁に立ち上がるたった幅30センチほどの緩斜面にからだ全体が着地していました。

ほかにどういう挙動をあの瞬間にしたら、よかったかということは
なんどもあの瞬間に立ち返っても恐怖しか湧いてきません。
どうしたら正しかったか、もしかしたらなんということなく曲がれたかもしれないけれど
気が付いたら目の前に今の速度では曲がれないカーブがあったという、そのことだけは事実で
結果として生きている。。

同じようなことでの怪我は人生二度目ではあるのですが、過去下りでは何度もこの速度では曲がりきれないという
思いはしてきたのですが、そういうときって、何とかなるもので、事実なんとかしてきたので
そういうことも自信になっていたのかもしれません。
あと若い時代から好きで見てきたバイクや車のレースシーン、直前でがーっとブレーキを掛けるコーナーリングの模倣を
してきたということも大きい気がします。

とにかく、日常生活に支障はあるけれどいまのところムチウチだけで済んだこと
不思議だなと思っています。
なんでいきてんだろうな、いつ死んだっていいんだけどそんな思いでいたことも
瞬間の判断あったような、あきらめがいいというか。運がよかった。
けれど、つぎしたら終わりでしょうね。たぶんですが。


世の中の「スピード出し過ぎてカーブを曲がれず」という文言で処理される
自転車事故の多くはなにかの理由でぼうっと、予めブレーキをかけ忘れたことによる事故だと思います。
自転車は下りでは加速できないので、ブレーキを掛けることでしか調節できないし
ブレーキをかけたとしても、タイヤが細いので急減速ができないのです。