うさぎとピクニック

うさぎと、おもに自分の日々

勝手なつぶやき

電話にびっくり

昔、とある一つの時代のひとから 突然電話があった。

あまり男の人から電話がないので一瞬びっくりして、
そして変わらぬ声にすぐわかりました。

番号をなんでしったかという言い訳の前に、つい昨日のはなしの続きのように
とくに要件もない様子で話し始めたそのひとは、
25年前まで東京でかつてぼくが所属していた会社の社長。

放射能で、関東の野菜がちょっと軒並み大変なことになっている。
ラディッシュ、だいちも軒並み大手に資本参加され、
大阪のびおも、京阪に買われてしまった。
独力でやっているのはうちくらいになってしまった。

せきをきってように話す割に、
ちょっといきずまっててねと
元気がない声。

あれから数百人、通り過ぎてやめていったこと。
共通の知り合いが亡くなった話、
娘も創業から一緒にやってきた奥さんも、会社を辞めた話

社長として接してしまった、
本人いわくわがままにやってきた 、
会社に親族が だれも いなくなった
会社の中の親族に支えられてやってきたと気づいた
…そういわれて、このひとはなにを言いたいんだろう。
そのさびしそうな口ぶりもなんとなく
思わず涙ぐんでたら

東京へは来ることはないのか。
と聞きます。
いや、もう親もいないし用事もないからというと、

じゃあいま秋田で結構仕事をしていて、
いくことが多いから、その途中によるから
お茶でもと。

あんな強気だった人が、信じられないけど
年を取ったということなんでしょう。
団塊の世代<、もう何年かで70歳だという…ひえー。

ぼくは、その社長のぐちの矛先である、
まさにけんかして飛び出した一番最初の人間なんで、
震災あと真っ只中の仙台でよくやっていると褒められるとは。
…たぶん来てほしいんだろうな。

いや違うな。
いまだにときどき夢にまででてくる人ですし、

書いた本も買って読んでました。
むこうもがんばっているからぼくも、とは陰ながら思ってはいました。
この仕事を始めた時、や震災後ちょっと助けてほしいと、
今の仕事のネットワークをお願いしに行こうかと
思って踏みとどまったという思いがあるので
こちらこそいま行かねば、という思いがわきあがって


今週末に、仕事を終えてから一泊で東京に会いに行くことにしました。
それにしても泊まりで行くなんて、10…何年かぶり。
電車の乗り方わからないから、
クルマ。

クルマでも 迷わないか心配…。
元地元なのに。
この際行きたいところは、たくさんあるけれど
グーグルマップでたまに見る生まれ育った亀有とか
水元公園や、上野の不忍池
サンリオぴゅーむランドや、
花やしき(まだあるのか?)
歩いた懐かしい街のいろいろ。

新宿か、渋谷とかは全然行きたくないが
神田や、秋葉やには行ってみたい。

でも結局どこもいけないだろうなあ。
その社長の自然食関係の仕事先にこっそり、待ち合わせ前、少しだけ
立ち寄りどんな様子かみれたらいいのだけれど。

 

とりあえず、金曜の夜、世話になった方と飲みに
東京に行ってきます。